2017年2月20日月曜日

映画「さとにきたらええやん」について

映画「さとにきたらええやん」。大阪釜ヶ崎にある「こどもの里」の子どもたちの日常を描いた作品。
2度拝見させていただいた。もとより映画なので、楽しんで鑑賞すればよいのだが、無粋な私にとっては、なにより「しんどさ」を抱える子どもへの寄り添い/伴走が決定的に重要であることを再確認する機会となったように思う。
「デメキン」こと荘保共子館長はいう。「わたし自身は、基本的に何もできないと思ってるんですよ。信じて見守る、そばにいるということしかできない。苦しみを代わってやることはできないし、彼女たちがすべてを話してくれるわけでもありません。でも「今、一緒にいる限り、あなたの言葉を信じて、自分を取り戻す作業につきあうよ」「あなたはあなたでいい。いるだけでいいんだよ」という気持ちをもって接しています。」(https://goo.gl/OCO4Wt
また、子ども食堂関係者の前で、次のようにも述べている。子ども食堂もいい。ただ、そこに来る「しんどさ」を抱えた子ども1人に徹底的に付き合ってみてほしい、するといろんなことができてゆく、と。
https://goo.gl/tcHwbY 45:00ごろから)
一人一人違っている子どもの「しんどさ」に付き合っていくことで、1977年に「子どもの広場」として始まった活動は、子どもの遊び場としての機能を軸として、子ども・親を支える広範な活動を行う今日の「こどもの里」へと発展してゆく。
 こどもの里の事業内容(公式ウェブサイト2017/02/20現在)
 ※大阪市留守家庭児童対策事業(学童保育)
 ※小規模住居型児童養育事業(ファミリーホーム)
 ※大阪市地域子育て支援拠点事業 (つどいの広場)
 ※児童自立生活援助事業(自立援助ホーム)
 ※自主事業≪緊急一時保護・宿泊所、エンパワメント事業、訪問サポート事業、中高生・障碍児居場所事業等≫
おそらく、今後児童福祉、社会的擁護領域において、こどもの里のタイプの施設は、広まってゆくだろう。ただ、そこで重要なことは、多様な機能を事業として備えた施設ができるだけでは子どもの里におけるような支援とはならないということである。というのも、こどもの里は、子ども1人1人に寄り添う/伴走することの結果であるからである。
政策論においては、いかにして制度を作るかということがもっぱら議論される。その中でどのような作法で支援が行われるかは、気にされておらず、制度があればまあまあの支援が行われるだろうと期待されている。つまり「作法は制度に従う」という前提である。
だが、こどもの里が示しているのは、その反対である。つまり、子どもに徹底的に付き合う=寄り添う/伴走することの結果として、ニーズを満たす制度が成立するということ、すなわち「制度は作法に従う」という原則こそがよい支援を成り立たせるということである。
寄り添い/伴走は、そのコミットメントの大きさから、そんなものを一人一人に保証していたら、生活支援など成り立たないし、そもそも、寄り添いに夢中になるような酔狂な人間はそんなにいないと思われるかもしれない。もちろん、寄り添い/伴走には大変な手間暇がかかることがあるのは事実である。だが、この映画は、そのような考えが、杞憂に過ぎないことを主張しているように思う。なぜなら、こどもの里が、子どもに関わろうとする人を巻き込む力に溢れているようにみえるからである。なんとなれば、魅力的なスタッフたち、そしてなによりデメキン自身が、とても幸せそうなのだ。

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私のように頭でっかちに鑑賞する必要は無論ない。ともかくも、子どもの里のエッセンスのつまった「さとにきたらええやん」、一度ご覧になることをお薦めしたい。
重江良樹監督によると、登場する子どもへの配慮から当分DVD等にする予定はないという。自主上映の予定については、公式Twitterにて随時更新されるので、そちらをご覧の上、上映会にゆかれるとよいと思う。
館長荘保共子さんインタヴュー
http://www.jinken.ne.jp/flat_now/child/2006/04/07/1325.html

以下は、「さとにきたらええやん」の公式パンフレットに掲載されている「「こどもの里」館長荘保共子さんのお話」からの引用である。ご参考までに。
「日雇い労働という形態が家族にあったから、それが生きることのしんどさに繋がっていましたね。今はそれが減って、母子家庭とか、親自身が病気を抱えていたりとかそういうケースが増えてきましたけど、こどもが親のしんどさを抱えて生きなきゃならないという状況は変わらないです。」
「子どもたちと付き合うということは子どもが生きていること、子どもの生活そのものと向き合い、それをサポートしていくことだと教えられました。」
「どんなにひどいとこちらが思う親でも子どもにとっては親は親。こどもは親が大切で大好きな「宝」なので、親を何とかしたいといつも思っている。だから子どもが生きるということは、親の生活、しんどさも知って親との関わりも大切になってくるんです。ここでは家庭はないけれど、家族がしっかりとあります。」
「子どもたちの様子は遊びを見ていればわかる。遊びを通じて、しんどい子はそのしんどさがわかってくる。SOSみたいなもので、不断一緒に遊んでいるからわかること。子どもたちもここなら、この人なら発信できると思ってくれたら発信してくれる。遊びの場、というのが今後の鍵になってくると思っています。…どんな年齢の子でも要は誰かに伝えたい、聴いて欲しいってことはあるので、それをキャッチすることが大切で、「こどもの里」はそれができる場だと思う。」
「私がここの子どもたちに出会って、自分の行き方自体を変えられたし。私の行き方を作ってくれたのは、ここの子どもたち。今のここの在り方も、子どもたちが必要だから。子どもたちが作ってきたと思っています。」

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