2010年9月13日月曜日

ある研究会にて

著名な惑星物理学者である松井孝典さんを中核とする研究会で私の研究の報告をしてきました。これは、研究会メンバーの1人である心臓外科医の南淵明宏さんが、私の研究を面白く思って下さったことを機縁に実現したものです。この模様は、『WEDGE(ウェッジ)』の11月号に紹介される予定です。

研究会では、報告の途中でどんどん質問や反論がなされて、私としては久しぶりに自分の研究をあの手この手で守るという事態になりました。このような丁々発止のやりとりは久しぶりでしたので、概して楽しい時間を過ごすことができました。

振り返って、この楽しさの原因は何であったのかを考えてみますと、大体次のようなことが理由だったように思います。すなわち、参加者が、私の研究の含意ではなく私の研究の信頼性に関心をもっていたことです。私の主要な帰結である、20世紀医療システムの3類型モデルが、単に既存の医療システムの分類の結果にすぎないのではないかといった疑念が次々に提起されました。私の理論の正否はともかく、最近、理論の中身ではなく、理論がどのような含意、いいかえればそれが何の役に立つかということを主に尋ねられていた身としては、久しぶりに学術的な論議をした気分になりました。現場では、私の発言の上から次々に発言がなされて大いに混乱しましたが。

さらに、松井さんには、「君の報告はわかりにくい」とお叱りを受けました。これまでの研究会等での反応を踏まえて、研究の政策的含意を中心に議論すべく準備していましたので、ある意味当然の反応を受けたというところかと思います。学者としてややマゾヒスティックなところのある私にとっては、これも、次に自然科学者の方々に説明する楽しみを頂いたようで、不思議と有り難いような気分でお叱りを承っていました。

他方で、自然科学者の方々(もちろん発言された方から受けた印象に限定されますが)が、どことなく単純な世界観を有しておられるような気がしました。それはどんな現象でも、ごく単純な原理の組み合わせに還元できるという世界観といえばよいでしょうか。たとえば、20世紀の医療システムには3つのタイプしかないと私が主張しても(ここは私の理論で一番驚いて頂かなければいけないところなのですが)、興味ぶかいことに、そのことにはほとんど反応がありませんでした。思うに、その種のモデルは自然科学の世界ではいくらでもあるということなのでしょう。

社会科学の重要な特徴の1つは、現象を複雑なまま捉えようとする姿勢を含んでいることです。これは学問としての予言力が、物理学>化学>生物学>社会科学の順になることを裏側から言ったものです。このため、社会現象について強い還元論が成立することは学問の性格上あまり期待できません。このため、還元論的説明は、「一面ではそうともいえるが、そのように言ってしまうと話を単純化しすぎだ」という反応を受けるのが普通なのです。優れた社会科学者が、往々にして、事象の多面的な性格をよく知る人のことを、そしてその必要条件として事象に精通している人のことを指す場合が多いのはこのような事情によります。もしかすると、私がこの研究会で感じた印象は、自然科学者にはこの種の感覚がやや薄いところがあるということから受けたものかもしれません。

私自身としては、病院の世紀の理論に、理論的に面白い点があるとすれば、社会現象のような複雑性を基調とする対象から、還元論的に説明可能な切り口を見出した点にあるのでは思っていますので、ここが何のインパクトももたない研究会は本当に新鮮でした。次に、自然科学者と対話する機会があれば、この部分での共通理解を生み出すところから話を始めるよう工夫してみようかと思っています。

1 件のコメント:

  1. 猪飼さん、おひさしぶりです。
    自然科学者の一員として「どんな現象でも、ごく単純な原理の組み合わせに還元できるという世界観」を共有するものですが、医学ばかりは簡単にいかないと実感しています。
    そのあたりのもどかしさを同じ分野の研究者に語ってもなかなか理解してもらえない。そして、それは「物理学>化学>生物学>医学」の順に還元主義的世界観が支配しているようです。
    さいきんはケアの世界から解釈学的現象学というものが勃興してきており、ひさしぶりにハイデガーを読み直しています。

    返信削除