2014年12月24日水曜日

地域包括ケア構想の死角

以下は、『訪問看護と介護』(医学書院)2015年1月号の新春座談会「通過点としての2025年 〜介護ロボットと自動運転のあるSFじゃない「地域包括ケア」の未来」の企画趣旨を説明するコラムとして書いたものの草稿です。ヒューマノイド研究の先端を行く、石黒浩さん、電気自動車・自動運転研究の草分けの清水浩さん、工学分野と医療・介護分野の両方に精通する細馬宏通さんとの間で、4時間超におよぶ収録をしました。

もとより私は地域包括ケアは、決して高齢社会の困難、とりわけ財政的な困難を乗り切る手段とはならず、そこを勘違いしてしまうと、非常に貧弱であったり、家族や地域住民その他に過大な負担を強いたりする「地域包括ケア」もどきができてしまうかもしれませんし、そもそも地域包括ケア化自体が財政的に頓挫してしまう危険もあると考えてきました。

そのような折、医学書院から座談会のお話を頂き、私としては地域包括ケアをよいケアとして成功させるためにも、本当の意味で高齢社会を乗り切る方策について考え始める契機となる企画としたい旨提案させて頂きました。そして実現したのが今回の座談会だったわけです。私にとっても理解が十分でない点も多々あり、端緒的な内容となったことについては、力量不足を大いに反省しているところですが、意欲的な試みであることは確かなので、よろしければ本文も含めてご覧頂けると幸いです。

『訪問看護と介護』2015年1月号


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地域包括ケア構想の死角

猪飼周平

「団塊の世代が後期高齢者となるまでにそれに対応できるケアシステムを構築しなければならない」といういわゆる「2025年問題」が喧しく論じられ、決定的な対応策が「地域包括ケア」であると主張されている。この潮流に対し、私がこれまで各所で述べてきたことは、「地域包括ケア」は、高齢者向けの政策として一定の有効性があるとしても、高齢化社会を乗り切るための政策としては効果が期待できないということである。

1. 地域包括ケアは素晴らしい。だが・・・

なんとなれば、ケアの質をひとまず度外視して、新旧のケアをみてみると、地域包括ケアにおいては、ケアを地域的に展開するために、より多くの有給のケア人員、家族・地域を含めたより多くの無給の人員、それらを連携させるための資源を動員する必要があることがわかる。現在の超高齢社会が、「労働力人口の減少」と「財政逼迫」の方向へ進むとすれば、直感的にも、地域包括ケアがどちらかといえば「高齢化対策」に逆行しているということに気がつくのではないだろうか。

本誌の読者の多くが実感しているように、地域ケアを高齢者のみならずケアを必要とする人びとに届けることは、ケアの質を引き上げてゆくという意味では素晴らしいことである。だが、その方向が、深刻化しつつある高齢化対策と両立しないとするなら、次に私たちがなすべきことは、「地域包括ケア」を実現するためにも、十分な高齢化対策を打つ方策を一方で見出しておくことにほかならない。

2. ケア労働者増大の「日本経済」へのインパクト

「労働力人口は減り続け経済成長は一層鈍化する一方で、医療・介護に必要な労働力は増大し続ける」ということは現在の社会システムの延長線上に未来を予測する限り、政府関係者も学者もほぼ一致して支持するものである。

たとえば、経済学者の野口悠紀雄によれば、2050年には、医療介護労働者の労働力人口に占める比率は推計で25%を越えてしまうことが予測されるが、そのような経済は成り立たないという。というのも経済成長をもたらす他の諸産業にまわる労働力が大幅に減ってしまうからである。とするなら、「高齢化対策」として何より必要なのは、労働力人口の減少と財政逼迫という未来に正面から立ち向かってゆくことにほかならない。この問題に地域包括ケアが貢献するのは、ケア労動に非労働力人口である主に高齢者を巻き込んでゆくことによる効果に限定される(他方でケア労働者自体も増大するので、その効果は減殺される)。

3. 労働集約的産業である宿命からの脱却

では、高齢化対策として有効な手段とはどのようなものだろうか。直接的な方法として主なものは次の2つである。第1に、労働者を増やす政策、すなわち移民・外国人労働者政策である。第2に、ロボット、自動運転などの技術の積極的導入によって、労働生産性を上げることである。今回の座談会で議論するのは、後者の可能性である。

ケアとくに介護領域は産業としてみるとき、典型的なサービス業であり労働集約的(コストに占める労動の比率が高い)な産業であるといえる。そして、従来その性格は運命的なもので変えられないことが暗黙の前提となってきたように思われる。だが、前述のような状況にあっては、その運命を変えなければならない時機に来ているというべきだろう。

そこにおける技術革新の中核となると予想されるのが、1つにはロボット技術であり、もう1つには自動運転システムである。いずれの技術も、近年開発の速度を早めてきており、様々な形で実用化される時代が目の前に来ている。

そこで、今回の座談会では、ロボット研究、アンドロイド研究で世界的に著名な石黒浩さん、自動運転、電気自動車技術において永年先頭を走ってこられた清水浩さんにお越し頂いて、ケアへの貢献の可能性と現状について議論して頂くことにした。また、本誌の連載でお馴染みの細馬宏通さんには、むしろ医療・介護現場の現実から出発して、工学分野のお二人と意見を結び合わせる方向で議論をお願いした。

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